【日本経済の危機】「積極財政」を叫ぶ前に知るべき財政規律の重要性とは?
SNSに蔓延する“短絡的な経済論”の落とし穴
最近、SNS上では「積極財政こそ正義」「もっと国債を出せばいい」といった主張が目立つようになりました。
一見、景気回復や福祉充実につながりそうな意見ですが、こうした単純な議論には重大な落とし穴があります。
本記事では、なぜ“積極財政”を声高に主張する風潮が広がっているのか、そしてそれがどれほど危険かを、経済の基本から丁寧に解説します。
なぜ「積極財政だけ」が支持されるのか?【3つの理由】
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1. 短期視点での感情的な発信が拡散されやすい
- 「給付金を出してほしい」「減税すべき」といった即効性のある要求は、感情に訴える形で支持を集めやすく、現実的な財政制約を無視して受け入れられがち。SNS上で特に拡散されやすい傾向があります。
- 一方で、財政規律の欠如が将来的に引き起こす深刻な影響は、“いつ・どのように社会全体がその問題を自覚し始めるか”が不透明であるため、現時点では軽視されがちです。(財政規律とは「国家としての持続可能な支出と責任の均衡」を意味しますが、現状ではこの概念の重要性が十分に共有されていないのが現実です。)
2. MMT(現代貨幣理論)の誤解が独り歩き
- 「国債は自国通貨建てなら無制限に発行できる」という部分だけが切り取られ、誤解が広がっています。
- 実際には、市場の信認を失えば金利の急騰や通貨下落といった深刻なリスクに直面します。
3. 「国の借金」と「家庭の借金」の混同が逆転現象に
- かつては「国の借金=家計と同じ」という誤解が主流でしたが、今やその反動で「いくらでも借金できる」といった極論へ。
- どちらも正しくなく、国家財政には信認・持続性・市場との関係性といった複雑な要素が絡んでいます。
歴史に学べ:財政規律を失った国の末路
財政規律の喪失がどれだけ深刻な結果を招くかは、歴史が物語っています。
- ジンバブエ(2000年代):無制限の紙幣発行→ハイパーインフレ→通貨価値の崩壊
- ギリシャ(2010年):放漫財政のツケ→財政破綻→EUの介入と国家主権の制限
- 戦前日本(昭和期):軍事重視の放漫財政→経済疲弊→戦争突入
これらはすべて、「未来のリスクより“今の欲求”を優先した結果」です。
なぜ財政規律の重要性が理解されないのか?
● 教育の欠落
経済や財政の基本が教育されていないため、「借金は悪」「借金は無限にOK」など極端な思考に偏りやすくなります。
● 感情的な議論に引きずられる
「積極財政=弱者にやさしい」「緊縮=冷酷」といったイメージ先行の議論により、理性的な対話が成り立ちにくい。
● メディアの断片的な情報伝達
見出しや短文で情報が消費される中、背景・文脈・長期的影響まで理解しようとする機会が限られてしまいます。
結論:積極財政は“財政規律とセット”でなければ意味がない
積極財政=悪ではありません。しかしそれを支えるべき「財政規律」や「出口戦略」がなければ、国家はやがて信用を失い、資本主義のルールの中で最も無力な国へと転落します。
今を生きる私たちが考えるべきなのは、「どうすれば持続可能な支援と財政運営が両立できるか」です。未来を食いつぶすのではなく、未来を守る責任を私たちは共有しているのです。
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